私の料理遍歴

私のお料理遍歴は
ちょっと変わっています
最初の記憶は、居酒屋をやっていた母の台所に入り込んでは
冷蔵庫の端っこで萎びた野菜や蒲鉾を使って
揚げ物にし、売っていたこと
酔っ払いのおじさん達が美味しい、美味しいって
よく売れました
高校生のとき、学校の横にあった大きな図書館が好きで通っていたとき、栄養学の本に出会い
酵素の働きや、活性酸素、タンパク質の分解や合成、必須アミノ酸
化学が大好きだったので、それはそれは楽しく
管理栄養士の道に進み
卒業して1年は微生物学研究室の助手をしていました
当時、研究室の教授は、京都の有名なお酒の会社の顧問だったので
たくさんのお酒の酵母が培養されていました
1年の助手期間を経て、私はマヨネーズのキューピーに就職 マーケットリサーチ、開発など魅力的な仕事を4年して
青年海外協力隊でグアテマラに赴任
アメリカのNGOとWHOのプロジェクトにJOCVとして正式に入れてもらって、
2年間、誰も行ったことのない、
スペイン語も通じないグアテマラの山奥の村で
先住民インディヘナの暮らしを見せてもらい
一緒にご飯食べて、家畜と寝て、料理していました
薪の火で私がお料理を教えている間に、NGOのスタッフが幼い子供達を下痢や脱水から守るための様々な勉強会を開き
勉強会のあと、集まったひととご飯を分かち合い
笑い合い
今の私の軸のようなものが出来ました
村に行くのに、近い村はオフロードバイクで30分
(中免持ってます)
遠いところは、もう、バイクと6時間以上山道を登り、半日がかりで着くので
1泊しますが、たいてい床に寝ます、家畜と。
そんな生活
大好きでした 笑
村で暮らすための生活の知恵を、現地語で教えてもらって、野草のこともたくさん覚えて
村では、マンゴーやアボカドは道に落ちてて
バナナやオレンジは取り放題で
蜂蜜や卵は、農家さんに直接もらいに行って
牛乳は、早朝に牛を飼ってるおばあちゃんとこに鍋を持って行って、自分で60度30分わかして飲んでました
 
庭にはハーブを植えて
村で売ってる小麦粉は、よく虫がいたのですが、虫を頑張って取り除いて
パンも焼いてました。田舎パンみたいなやつ
日本に帰ってきて、あんまり変わってたので採用されて
オレンジページの委託でおやつやクラフトを作る仕事をしたり、特養の管理栄養士して
感覚は日本仕様にやや修正されたけれど
多分、私の作るご飯には
母の居酒屋の台所の記憶
グアテマラの山深い村々で過ごした
あの素敵な記憶や
オレンジページで働いていたときのレシピ作りや試作の記憶
キューピー時代に食べた、たくさんの美味しいものの記憶が残っているのだと思います
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